永野裕之のBlog

永野数学塾塾長、永野裕之のBlogです。

後期日程で東大に合格した生徒の話【指導記録】

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永野数学塾の生徒さんが後期日程で東大に合格しました!

合格した浩一くん(仮名)が入塾してくれたのは高校2年の春。英語と国語はよくできていたものの数学が足を引っ張っている状態でした。でもその後の指導の中で着実に実力を伸ばし、センター利用で出願した私大にはすべて合格、一般入試でも早稲田と慶応に合格しました。私は、東大にも前期で合格するだろうと思っていました。

しかし、やはり試験は水物です…。

東大の前期試験では緊張からか数学で失敗し不合格。改めて試験の怖さを痛感しました。でも浩一くんが偉かったのはそこで少しも挫けなかったことです。前期の合格発表直後に貰ったメールには言い訳がましい言葉は一切なく、

「後期に向けて勉強するのみです!」

という短くも力強いメッセージが書かれていました。

そしてそのまま強い意志で後期に臨み、見事捲土重来を果たしてくれました!!

後期の問題は前期よりもかなり難しいのが普通で、加えて倍率も高まります。それでも執念でその狭き門をこじ開けた彼は本当に見事です。この経験は大きな自信となって今後様々な人生のシーンで彼の背中を押してくれることでしょう。

 

はじめに

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私は浩一くんの「東大に入りたい」という気持ちと自主性を尊重し、彼の邪魔をしないように努めていただけです。「私が東大に入れました」などと言う気持ちはさらさらありません。今は、教師として彼の成長を間近で感じることができたこと、そして大願を見事に(ドラマチックに)成就させる瞬間に立ち会えたことを光栄に思っています。

ただ、彼を指導してきた中で私が感じたこと、注意したことを指導記録的に残しておくことは、同じように高い目標をもってがんばる受験生や、そのまわりの先生方や親御さんたちの役に立つこともあるかと思い、この記事を書くことにしました。

 

勉強ができるようになるために必要な3つのこと

浩一くんの場合、特筆すべきはやはりその意志の強さだと思います。最初から東大の理科一類を第一志望にしていましたが、

「このままではダメだ」

という危機感を常に持っているようでした。塾にもそれこそ台風が来ようが大雪が降ろうが休むことなく非常に熱心に通ってくれました。

私は常々、勉強ができるようになるためには3つのことが必要だと思っています。それは

  1. 危機感
  2. 孤独感
  3. 勉強法

の3つです。これについては拙書『東大教授の父が教えてくれた頭がよくなる勉強法』に詳しく書きました。その中で浩一くんのエピソードも紹介させてもらったので少しだけ引用します。

P20「勉強ができるようになるために必要な3つのこと」より~
(前略)
…先日もこんなことがありました。
その日、首都圏は記録的な大雪に見舞われていたので私はある生徒のご家庭に
「今日は外に出るのは危険ですから休講にしたいと思います。」
と連絡しました。すると生徒の母親は困ったように
「本人が『絶対に教室に行きたい』と希望しており、だいぶ前に出発しました…」
とのこと。
その後予定より10分遅れて教室に入ってきた件の生徒は
「ここはスキー場のロッジですか?」
と思うほどの重装備、というかスキーウェアに身を包んでいました…
(後略)

「今のままではマズイ」という危機感と「誰も助けてくれない」という孤独感を持って、正しい勉強法で取り組めば、学力は伸びます。

 

指導において気をつけたこと【指導記録】

前述の通り、浩一くんの指導で私が一番気をつけたことは、「邪魔をしない」ということです。もともと考える力を持っている生徒さんなので、彼の自主性を妨げたり思考を止めてしまったりするような指導はしてはならないと思っていました。

最初に「穴」を埋める

浩一くんは入塾当初、ある単元の問題は入試レベルでも解けるのに、他の単元では教科書レベルの問題でも解けないという、いわゆる「穴」のある状態でした。そこでまずはその穴を見つけて埋める作業をしました。

ちなみに(私見ですが)、どの単元についても教科書レベルに載っている例題と応用例題がすべて解けるようなれば、それだけで数学の偏差値は55~60になります。これは決して難しいことではありません。受験生で現在数学の偏差値が50を切っている人はまず、教科書の例題(とその類題)を徹底して演習することをお勧めします。

●最初はIA、IIB中心の演習(6~7割は解ける問題)

半年ほどですべての単元の穴が埋まってからは、塾の方で問題を用意して(売るほどあります)、それをひたすら解いてもらいました。

ただし高校3年の秋頃まで、演習は数IA、IIBを中心にしました。数IIIはテクニックさえ習得できれば後略できる問題が多いのに対して、IA、IIBの問題(特に難問)には「問題を解く」ための本質的なアプローチが必要になるからです。

数IIIで躓く際の原因がIA、IIBの演習不足にあることも少なくありません。

一般的に言えることですが、やってもらう演習の難易度は難しすぎないようにします。いくら東大志望と言っても最初から東大の過去問ばかりをやるのではなく、6~7割は解けるレベルの問題をやりながら、徐々にレベルを上げていくことが大切です。これまでの経験から「6~7割は解けるレベルの問題」というのが最も効率よくたくさんのことを学べるように思います。

●設計図ができるのを待つ

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浩一くんが解く姿を観察していると、最初は微動だにしません。でも、チンプンカンプンで固まっているのではなく(そういうときもありましたが)、解答に至る道筋(設計図)を考えているのです。こういうときに下手に声をかけるのは彼の思考を邪魔するだけなので私は黙って(遠くから)見守ります。

数学が苦手な生徒さんの多くは、問題を与えると闇雲に解き始めることが多いです。でも、そういうときは大抵解けません。ただノートが汚れていくだけです…。そういう生徒さんには、

「いきなり解き始めないで、まずは解答の道筋を考えるんだよ」

と指導します。

数学ができるようになるためには、その問題を解くには何が必要かを分析する力、そして何から始めるべきかを見通す力を養うことが大切なのです。

●解法を押し付けない(解法は一つではない)

浩一くんなりの「設計図」が出来上がって解き出した頃に、私は彼の横に行って手元を覗き込みます。そこでアサッテの方向に向かっているように見えるときでも、いきなり否定はせずに

「なぜこう考えたの?」

と尋ねます。良問は色々な方法で解けるものです。実際浩一くんは、私が予想もしていなかった設計図を描き見事に解いてくれることがありました。

もちろん本当に「アサッテ」の方向に行ってしまっているときや、道筋は立っているけれど時間がかかりすぎる場合もあるので、そういうときには

「こういう風に考えてみたら?」

とヒントを与えます(答えそのものはめったに教えません)。

●発想の源を伝える

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ここで大切なのは「なぜそう発想できるのか?」という発想の源を伝えることです。これがないとその場限りの解法になってしまい、本番で解かなくてはいけない未知の問題に備えることができません。

これは想像ですが、彼が熱心に通ってくれたのは私から(参考書の類にはあまり載っていない)こうした「発想の源」が聞けたからかなと思っています。

●宿題は出さない

私は浩一くんには宿題は出しませんでした。彼ならば、もっと演習が必要であると感じれば、自分で本屋に行って、自分で問題集を探して解くだろうと思ったからです

実は親御さんから

「家庭学習についてもご指導をお願いいたします」

というメールを頂戴したこともありましたが、私は

「家庭学習については浩一くんの中で既に確立されたものがあるはずですし、私の方から特に改善をお願いしたいと思う点はありません。確かに浩一くんくらいの年齢になりますと、どの生徒さんも自分の学習状況を親御さんに報告をすることは少なくなりますが、それは自立の証拠でもありますので、寧ろ頼もしいことだと思われて良いと思います。」

と返しました。

宿題を出さない生徒さんは浩一くんの他にもいます。私から見て十分に自主性が育っていると思われる生徒さんには基本的に宿題を出しません。宿題は、時に生徒を受け身にさせ、せっかく育ってきた自主性(自学自習の習慣)を阻害してしまうからです。

また、演習は数をこなせば良いというものでもありません。大量の問題を解くより、良問を丁寧にじっくり解くことの方がうんと効果的です。

これについては私が(勝手に)師と仰ぐ長岡亮介先生もご著書『東大の数学入試問題を楽しむ: 数学のクラシック鑑賞 』の中で次のように書かれています。

せっかく勉強をするなら、「馬が餌を食べるようにただひたすら問題を解く」のではダメだ。一流の料理人が、あるいは愛情溢れる母親が丹精込めて作った美味しい料理を心豊かにいただくことを通じて、心身が成長するように、品格の高い、考えるに値する、すばらしい良問をじっくりと楽しむようにやることを通じて、若者の知力は信じられないほど大きく成長する。エリートにふさわしい誇りと責任と哀しみを理解できるようになる。

浩一くん、本当におめでとう!!


*1:
東大の後期日程試験は、文一から理二までが一括で募集され、全員が同じ試験を受ける。合格者は入学手続きの際に進学する科類を選択する(理三は選択できない)。
《受験科目》
総合科目I 英語
総合科目II 数学(数IIIを含む)
総合科目III 小論文