上の画像はベートーヴェンの交響曲第9番、いわゆる「第九」のスコア(総譜)です。
「なんだ、なんだ何が始まるんだ(;゚Д゚)」
と思われるでしょうが、今回のテーマである「場合分け」に繋がる話ですので少しだけお付き合い下さいm(_ _)m
プロフィールにもあります通り、私は数学教師の傍らクラシックの指揮者としても活動しています。オーケストラや合唱団に練習をつけるとき上のようなスコア使っていると、時々団員さんから
「こんな楽譜を読めるなんて信じられない!私なんて1つのパートだけでも四苦八苦しているのに…(>_<)」
と言われます。
確かに、上の楽譜には全部で24のパートの音符が書き込まれていますし、「第九」は80名強のオーケストラ、100人強の合唱団、それに4人のソリストと一緒に演奏するので、総勢約200人が出している音を一度に読んでいることになります。凄い情報量であることは間違いありません。今ではこのようなスコアを読むことに慣れた私も指揮者を志した当初は
「こんなものがいつか読めるようになるのだろうか…」
と不安になったものです。でも実際に勉強を始めてみるとそれほど時間をかけずに読めるようになりました。コツがあったのです。それは全体をいくつかのブロックに分割することでした。
具体的には次のように読みます。
普段、楽譜を見慣れていない方にはこれでも複雑な感じがするとは思いますが、このように全体をいくつかのブロックに分ければ、最初の楽譜よりは捉えやすくなっている感じがしませんか?
全部で24のパートが書き込まれていると言っても、同時に24種類の音楽が進行するわけではありません。上の楽譜で言えば、全体は合唱のメロディー(とハーモニー)、弦楽器のグループ1、木管(+ホルン)のグループ2、それにティンパニとトランペットのリズムと計4種類のブロックに分類することができるのです。異なる24個のものを同時に捉えることはほぼ不可能でも、4つであればそう難しくはないのです。さらに私たち指揮者はしばしば、総譜全体に太い縦線を入れます。これは横の流れをフレーズ(メロディーの塊)に分けるためです。
しかも、このように全体を分割して整理すればそれまでの流れとは違う新しい要素(上の楽譜では中段やや上の右端に出てきます)をいち早く見つけることもできます。
困難は分割せよ
フランスの哲学者であり数学者であったデカルトは『方法序説』の中で次のように書いています。
「難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること」*2
つまり問題(特に難しい問題)を解く際にはそれを分解・分類し場合分けをして一つ一つを解いていきなさい、ということです。
場合分けを行おうとする姿勢は直接的に困難を分解しようとするアプローチです。特に「全部でいくつあるか?」とか「すべての~は…」のようにある対象全体を調べる必要がある場合には、「場合分け」が有効なことはとても多いです。
全称命題
「すべてのカラスは黒い」
のように一つの集合を構成する全ての要素について言及した命題を全称命題と言います。
たくさんの情報を持つ対象を一度に捉えることは簡単ではありませんが、いくつかのグループに分割してそれぞれを1つずつ見ていくことをすれば、全体を捉えることはうんとやさしくなります。今回のテーマである「場合分け」は全称命題を攻略するための重要な手法です。
2種類の場合分け
場合分けには大きく分けて2種類の場合分けがあることを意識しましょう。
1つは議論を進めていく上でどうしても必要になるいわば必然的な場合分けです。
もう1つは大きな問題をいくつかの小さな問題に分解して、各々を独立に解くことで、結果的に全体を解決することを目標とする自発的な場合分けです。
2種類の場合分け
① 必然的な場合分け
② 自発的な場合分け
例えば、旅行の予定を練っているときに
「雨が降らなければ牧場に行って、雨が降ったら美術館に行こう」
などと考えるのは必然的な場合分けです。こちらはそう難しくないでしょう。
場合分けで特に重要なのは②の「自発的な場合分け」です。
例題
次の問題は、場合分けをする必然性はありません。しかし全体が捉えづらいので、自発的に場合分けをすることを考えます。そうすると一つ一つはうんと考えやすくなることを実感してもらえたら嬉しいです。ここで行う自発的な場合分けこそまさに困難を分割する場合分けです。
正八角形の3つの頂点を結んでできる三角形のうち二等辺三角形でも直角三角形でもないものは何個あるか。[近畿大]
【解答】
なかなか難しい問題ですm(_ _)m。正八角形というのはどの点にも区別がないので、捉えどころがなく最初の切り口が見つかりづらいですね。かと言って闇雲に対角線を引いているとすぐに手元の図形は真っ黒になってしまいますし、しかも重複や数え漏らしが気になります。
そこで場合分けをしていくわけですが、ポイントは「固定」とMECE*3なルール作りです。
まずは正八角形の各頂点にA~Hまでの名前をつけて、1つの頂点をAに固定します。次にMECEなルールとして「最短辺で場合分け」を採用しましょう。*4
(ⅰ)最短辺がABの場合
考えられる3角形の種類は上の図の①~③の3種類ですね。
①タイプ:△ABCと△ABH(二等辺三角形)
②タイプ:△ABDと△ABF
③タイプ:△ABEと△ABF(直角三角形)
このうち題意の「二等辺三角形でも直角三角形でもない」三角形は②タイプの2つだけです。*5
(ⅱ)最短辺がACの場合
今度は、3角形の種類は上の図の④か⑤の2種類です。
④タイプ:△ACEと△ACG(二等辺三角形)
⑤タイプ:△ACF(二等辺三角形)
こちらの場合は題意を満たす三角形はありません。*6
次は最短辺がADの場合を考えていくわけですが、ちょっと書いてみればすぐわかるように、最短辺がADの三角形は書くことが出来ません(例えば△ADGなどを作ると最短辺はGAになってしまいます。もちろん最短辺がAE(直径)の三角形も存在しません。そこで、場合分けは以上の(ⅰ)と(ⅱ)のケースだけで良いことになります。
以上より、1つの頂点をAに固定した場合は、題意を満たす三角形は②タイプの2つだけだということが分かりました。1つの頂点をB~Hに固定した場合も当然、同様に考えることができます。
よって、求める場合の数は
2×8=16
より、16通りです!\(^o^)/
山登り法
場合分けによって全体を分解し、はじめのケースを解くと、大抵次のケースには同様の考え方が応用できます。つまり最初のケースさえしっかりと考えておけば、あとはほとんどオートマティックに進んでいくのです。このような論法は最初のケースを土台にして他のケースを上に積み上げていくイメージから「山登り法」と呼ばれることがあります。
いつだったか
「部長さんも社長さんも最初は新人だった」
というコピーのCMを見たような覚えがありますが、どこの世界も新人にとって大事なことはまずは経験を積むことです。そしてたくさんの失敗の中に少しずつ成功体験を積み上げていって、いつかベテランと呼ばれる主戦力になるのでしょう。1つの経験は次の仕事を後押ししてくれるものです。
「全部」や「全体」を考えることに、途方もない難しさを感じたとしてもそこで諦めないでください。相手が高ければ高いほど、一足飛びに駆け上がることはできません。大切なのは勇気をもって確実な一歩を踏み出すことです。そしてその一歩は小さければ小さいほどたやすいはずですし、一歩が踏み出せれば二歩目は少し楽に、二歩進めれば三歩目はさらに楽になるはずです。
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