フェルミ推定をご存知でしょうか?
フェルミ推定というのは、簡単に言ってしまえば「だいたいの値」を見積もる手法のことです。
私が学生だった15~20年前は「フェルミ推定」という言葉はありませんでした。「フェルミ推定」という言葉は、2004年に出版されたスティーヴン・ウェップ著『 広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス 』(青土社)の中で初めて使われたと言われています。
ビジネスシーンでは、GoogleやMicrosoftといった企業が入社試験に「東京にはマンホールがいくつあるか?」のような問題を頻繁に出したことで、注目を集めるようになりました。フェルミ推定の問題を出題すると、受験者が論理的思考力を持っているかどうかが判断できるため、近年では、様々な企業の入社試験でこの手の問題が出題されているようです。そういう意味では、フェルミ推定は就活生必須の技能であると言っていいでしょう。
フェルミ推定とは
フェルミ推定の名前の由来になったのは、「原子力の父」として知られるアメリカのノーベル賞物理学者エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi 1901-1954)です。
理論物理学者としても実験物理学者としても目覚ましい業績を残したフェルミは、「だいたいの値」を見積もる達人でもありました。爆弾が爆発した際、ティッシュペーパーを落とし、爆風に舞うティッシュの軌道から爆弾の火薬の量を概算で弾き出したこともあったとか。
そんなフェルミがシカゴ大学で行った講義の中で学生に出した次の問題は大変有名です。
「シカゴにはピアノ調律師が何人いるか?」
フェルミが物理学科の学生に対してこのような問題を出したのは、物理の世界で生きていくのなら未知の事柄について推定ができる能力は非常に重要である、というメッセージだったのでしょう。
ここでの目的は、正確な値(本当の人数)を出すことではありません。シカゴのピアノ調律師の人数を正確に把握したいのなら「シカゴピアノ調律師協会(という組織があるかどうかは知りませんが…)」的なところに電話で確認すれば済んでしまいます。
大切なのは、このような問題に対して「わかるわけがない」と匙(さじ)を投げるのではなく、既に自分が持っているデータを使って論理的に「だいたいの値」が求められるかどうかです。
では、実際にやってみましょう。
フェルミ推定の手順
フェルミ推定は次の手順で行います。
【フェルミ推定の手順】
問題:シカゴにはピアノ調律師が何人いるか?
①仮説
「シカゴにおいてはピアノ調律師の需要と供給のバランスが取れている」という仮説を立てて、以下「シカゴにあるすべてのピアノを調律するために必要な調律師の人数」を考えることにします。
②分解
この問題を考えるたえに必要なデータと推定量は次のとおり。
- 人口
- 1世帯あたりの人数
- ピアノを持っている世帯の割合
- ピアノ1台あたりの調律の回数(年間)
- 調律師1人あたりの調律の回数(年間)
③データ
シカゴのピアノ調律師が何人いるかを見積もるために必要なデータは、シカゴの人口です。シカゴの人口はおよそ300万人(私たちにとっては馴染みが薄いかかもしれませんが、シカゴに住む学生にとっては“常識”でしょう)。
④推定量の決定
推定量(1):1世帯あたりの人数
人口300万人の街に世帯はどれくらいあるでしょうか? もちろん1人の世帯も4人の世帯も10人の世帯もあると思いますが、平均して1世帯の人数は3人ということにします。
推定量(2):ピアノを持っている世帯の割合
さて、このうちピアノがある世帯はどれくらいあるでしょうか? 日本とアメリカでは事情が違うでしょうが、小学校のとき「ピアノを習っている」子供はクラスに何人くらいいたかを考えてみましょう。共学の場合、40人のクラスならピアノを習っているのは4~5人というケースが多いのではないでしょうか? (ちなみに私は男子校だったので、ピアノを習っているのはクラスに1~2人でした)。そこでピアノを持っている世帯は全世帯の10%ということにします。中学~高校になるとピアノをやめてしまう人は少なくありませんし、誰も弾かないピアノは除外すべきなので、少し多めですが、家庭以外にも学校や公民館、ホールなどにもピアノはありますから、だいたいこの程度でしょう。
推定量(3):ピアノ1台あたりの調律の回数(年間)
ピアノは普通1年に1回は調律が必要です。
推定量(4):調律師1人あたりの調律の回数(年間)
1人の調律師が1年で調律できる台数を考えます。何台くらいだと思いますか? ピアノの調律というのは重労働でとても時間がかかります。どんなに頑張っても1日に3台が限度でしょう。また、調律師は週休2日で年間250日稼働すると考えます。
3[台/日]✕250[日]=750[台]
より、1年で1人が調律できるピアノ台数は約750台。
⑤総合
以上をふまえてシカゴのピアノ調律師の数を推定していきます。
- 世帯数:300[万人]÷3[人/世帯]=100[万世帯]
- ピアノの台数:100[万世帯]✕10%=10[万台]
- 必要な調律の回数(年間):10[万台]✕ 1[回/台]=10[万回]
- 必要な調律師の数(年間):10[万回]÷750[回/人]=133.3…人
より、シカゴのピアノ調律師の数は約133人と推定されます。
ただし、これは私なりの推定であり、133人だけが正解、というわけではありません。既知のデータと推定量を適切に組み合わせて為された推定であれば、133人でなくてもその推定は「正しい」と言えます。この後の例題についても、ここに書かれているのはすべて「解答例」に過ぎないということを留意しておいてください。
フェルミ推定が上達するには、色々な例題を解いて(考えて)みるしかありません。今度は次のような問題を考えてみましょう。
例題1:サッカー選手の移動距離
問題:プロのサッカー選手が1試合で移動する距離はどれくらいか?
①仮説と②分解
キーパー以外のサッカー選手が1試合で移動する距離はポジションに関係なく「平均の速度✕試合時間」で求まることにします。
③データ
試合時間→90分=1.5時間。
④推定量の決定
以下の量を推定します。
- 歩く時の平均時速→時速4km。
- 走る時の平均時速→秒速5m。
- 選手が歩く時間→1時間。
走るときの平均速度は、100m走の世界記録が約10秒=秒速10mなのでその半分としました。
⑤総合
選手の歩く時間は1時間で、時速は4kmなので
- 歩く距離:4[km/時間]×1[時間]=4[km]。
走る時間は残りの0.5時間で、秒速は5m(時速18km)なので
- 走る距離:18[㎞/時間]×0.5[時間]=9[km]。
- 移動距離:4[㎞]+9[㎞]=13[km]
よって、選手が1試合で移動する距離の推定値は13[km]です。
実際のデータを調べると、プロのサッカー選手の1試合(90分)あたりの走行距離は約11kmです。また2014年のW杯で最も走行距離が長かったのはアメリカ代表のマイケル・ブラッドリー選手で、1試合あたりは12.62kmでした。
例題2:東京のマンホールの数
問題:東京にマンホールはいくつあるか?
①仮説
マンホールの数は上下水道が普及している世帯数に比例するとします。
②分解
推定に必要なデータと推定量は以下の通り
- 東京の人口(データ)
- 1世帯あたりの人数(推定量)
- 上下水道の普及率(推定量)
- 1つマンホールあたりの世帯数(推定量)
③データ
東京の人口は約1300万人。
④推定量の決定
推定量(1):1世帯あたりの人数
都会は1人暮らしも多いので1世帯あたりの人数は2人
推定量(2):上下水道の普及率
思い切って(細かいことは気にせず)上下水道の普及率は100%にしましょう。
推定量(3):1つのマンホールあたりの世帯数
これが一番むずかしいところですが、住宅地などでは10世帯ほどの一軒家が接する路地に1つマンホールがあると考えて、1つのマンホールあたりの世帯数は10個とします。
⑤総合
以上をふまえて東京にあるマンホールの数を推定していきます。
- 東京の世帯数:1300[万人]÷2[人/世帯]=650[万世帯]
- 上下水道が普及している世帯数:650[万世帯]✕100%=650[万世帯]
- マンホールの数:650[万世帯]÷10[世帯/個]=65万個
よって、東京のマンホールの数は65万個と推定されます。
ちなみに、東京都下水道局が刊行している「東京都の下水道2014」によると、平成25年度末で都内のマンホールの数は482,848個です。
例題3:書籍の年間総売上
問題:日本の年間書籍売上はいくらか?
①仮説
書籍の売上は読書習慣がある人1人あたりの年間購読冊数に比例することにします。
②分解
推定に必要なデータと推定量は以下の通り
- 日本の人口(データ)
- 読書習慣がある人の割合(推定量)
- 書籍1冊あたりの平均売値(推定量)
- 読書習慣がある人1人あたりの年間購読冊数(推定量)
③データ
- 日本の人口は約1億2千万人
④推定量の決定
推定量(1)読書習慣がある人の割合
活字離れが言われて久しいものの、子供から老人まで読書習慣のある人はまだまだいます(そう信じたいです)。そこで読書週間のある人の割合は70%にします。
推定量(2)書籍1冊あたりの平均売値
週刊誌なら200~300円、単行本なら1500円前後とこれもかなり開きがありますが、ここは大胆に書籍1冊あたりの平均売値は1000円ということにします。
推定量(3)読書習慣がある人1人あたりの年間購読冊数
これは個人差が大きいところだと思いますが、毎週決まった雑誌を買う人もいれば、1年に1~2冊という人もいるでしょう。そこで読書習慣がある人1人あたりの購読冊数は月に1冊、年間では12冊ということにします。
⑤総合
以上をふまえて日本の年間書籍売上を推定していきます。
- 読書習慣がある人の数:12,000[万人]✕70%=8,400[万人]
- 年間で購読される書籍の冊数:8,400[万人]✕12[冊/人]=100,800[万冊]
- 年間の書籍売上:100,800[万冊]✕1000[円/冊]=10,080[億円]
よって、10,080億円(約1兆円)と推定されます。
ちなみに、全国出版協会が発表した出版市場調査によると、2017年の紙の出版物(書籍・雑誌)の推定販売金額は13,701億円(1兆3701億円)でした。
フェルミ推定の面白いところ
上の例題はどれも、本当の値から大きくハズレてはいない(桁外れではない)ことに驚かれたかもしれません。「本当の値を知った上で推定量を決定しているのではないか?」と疑われる方もいるでしょう。でも、決してズルはしていません。
フェルミ推定では、各推定量の見積もりが実際と多少違っても、それぞれの過不足が互いに打ち消しあうため、最終的な推定値は大きくは外れないことが多いのです。これはフェルミ推定の面白いところだと思います。よかったら是非色々と計算してみてください。
科学実験では仮説によって推定した値と実験に得られた値を比べて検証する必要があります。これについてフェルミは非常に含蓄のある言葉を残しています。
「実験には2つの結果がある。もし結果が仮説を確認したなら、君は何かを計測したことになる。もし結果が仮説に反していたら、君は何かを発見したことになる。」
関連書籍:『数に強くなる本』
大きく捉えれば、フェルミ推定は「数字を作る」技術です。そして、数字を作ることができるというのは、「数に強い人」の必須条件の1つです。
本記事は5/24に発売されます『数に強くなる本』を記念して書きました。数に強くなることに興味がある方は、是非お手に取ってみてください。