永野裕之のBlog

永野数学塾塾長、永野裕之のBlogです。

【対談】『なぜ数学を学ぶのか?』ゲスト:長岡亮介先生(本屋B&B) 

東京下北沢の本屋B&Bさんで、『数学的思考力が身につく 伝説の入試良問』の発刊を記念して対談イベントをさせていただきました。テーマは「なぜ数学を学ぶのか?」。ゲストは高校時代からの憧れだった長岡亮介先生です。

高校生のとき、駿台予備校で初めて長岡先生の講義を受講したときは、大げさでも何でもなく、まさに雷に打たれたような感動を憶えたのをよく憶えています。先生の言葉の向こう側に見えてくる世界のなんと豊かなこと! 問題を解くとはどういうことか、真に学ぶとはどういうことか、その哲学的な意味と歴史的な意義が溢れ出る講義は本当に圧巻でした。以来、私はすっかり先生の虜になり、あれから四半世紀が経った今も数学教師の理想の姿として憧れ続けています。

まさか、その長岡先生と対談イベントをさせていただく日が来るなんて!! 本屋B&Bさんの三木浩平さんのご尽力のおかげです。改めて感謝申し上げます!

ちなみに本屋B&Bさんは、毎日こうした対談イベントを開催しているという驚きの書店さんです。「B&B」というのはBook & Beerの略で、店内では(もちろんイベント中も)ビールが飲めます(他のドリンクも充実しています)。また、グッドデザイン賞も受賞されているハイセンスな空間は、とても居心地がいいです。

昨日は、↑のようなメニューでお話しました。内容をかいつまんで紹介します。

数学的思考力とはなにか? 

昨日は、この中から「様々な視点から見る力」と「抽象化する力(モデル化する力)」についてお話しました。

普通に考えると「優勝するチームが戦うのは全部で6試合かな? それにシード校(一回戦は不戦勝)もあるから…えーっと…」と頭を悩ませることになります。

逆を考えましょう。

勝つチームのことではなく、敗けるチームのことを考えるのです。49チームのうち1チームが優勝する、ということはすなわち48チームが敗けるということですから、優勝校が決定するまでの試合数は48試合であることがわかります。

様々な視点については、逆を見る視点と立場を変える視点を紹介しました。

抽象化する力とは、言い換えればモデル化する力のことであり、それは複雑な現実から本質を抜き出して単純化することです。

数学では数字の代わりにアルファベット等の文字を使います。それは、数学がいつも一般化を目指しているからです。たとえば偶数を2nと表したり、x とy を使って関数を表したりするのは、さまざまな数を文字に代表させて、無限に存在する数の性質や数と数との因果関係を端的に捉えることを目的にしています。 

これについて、長岡先生からは「これは中学段階における模範解答には違いありませんが、これをこのままスムーズに理解できた生徒はラッキーです。一方で『なぜ、mとnなのか。mとmではいけないのか』と悩む学生がいたら、先生はその子と真摯に向き合わなければいけない。そもそも、奇数を2m+1のように表すことの妥当性は本来しっかり議論する必要があります」とのコメントを頂戴しました。

なお、7つの力のそれぞれについては、以前本Blogにまとめましたので、ご興味のある方は↓の記事をご覧ください。

良問とはなにか?

『数学的思考力が身につく 伝説の入試良問』に採用する問題を選定する際、(それはもちろん今回の対談が実現するずっと前のことですが)、頭の中でリフレインしていたのは長岡先生がが講義でおっしゃっていた次の言葉でした。

「いいか。せっかく勉強をするなら『馬が餌を食べるようにただひたすら問題を解く』のではダメだ。一流の料理人が、あるいは愛情溢れる君たちのお母さんが丹精込めて作った美味しい料理を心豊かにいただくことを通じて、心身が成長するように、品格の高い、考えるに値する、すばらしい良問をじっくりと楽しむようにやることを通じて、若者の知力は信じられないほど大きく成長する。エリートにふさわしい誇りと責任と哀しみを理解できるようになるんだ。」

そうして集めた問題に共通する点を集めたのが上のリストです。

これについて長岡先生からは「まったくその通りで、良問がこれらの条件を満たすことについては私も100%賛同します。ただ、数学者が『いい問題だ』と思うときというのは、音楽や絵画を鑑賞して『いい音楽だ。いい絵だ』と思うときとよく似ていて、ただただ『いい』と思うものではないでしょうか。ある問題がこれらの条件を満たしていても『いい』とは思わないときもありそうです。そういう意味では、これらの条件は良問の必要条件ではあるけれども、十分条件ではないかもしれません」というコメントをいただきました。

良問の紹介

小学生向け、中学生向け、高校生向けの良問を3題を紹介しました。これらの3題はプリントを用意して、ご来場の皆様にも実際に解いていただきました。

灘中の問題です。「様々な視点」で紹介した「逆を見る視点」を使います。

これは2015年のシンガポール・アジア学校数学オリンピック(SASMO:Singapore and Asian Schools Math Olympiad)で出題された問題です。

このBlogでは以前にも紹介していますが、次のように考えます。

【1】シェリルの誕生日が5月か6月だとすると、バーナードは日付だけで誕生日を特定できる可能性があります 。(たとえば、シェリルがバーナードに教えた日付が「19日」ならバーナードは日付だけでシェリルの誕生日が5月19日であることを知ってしまいます。)しかしこれは月だけを教えられたアルバートが日付だけを教えられたバーナードに対して「君も知らないよね」と断言していることと矛盾します。よって、アルバートが教えられた月は7月か8月です。アルバートの発言を受けて、このこと(シェリルの誕生日が7月か8月であること)はバーナードも理解します。

【2】次に、もしシェリルの誕生日の日付が14日であるとすると、7月か8月のいずれかであるとわかったとしても誕生日を特定することはできません。これは、バーナードが「今ならわかるよ。」と発言していること(7月か8月であるとわかれば日付だけから誕生日が特定できること)と矛盾します。よって、バーナードが教られた日付は14日ではありません。

【3】さらに、もしシェリルの誕生日が8月だとすると、14日でないことがわかっても、8月15日か8月17日のいずれに特定することはできません。これはアルバートが「それならわかった」と言っているのと矛盾します。よって、シェリルの誕生日は7月です。

以上より、シェリルの誕生日は7月16日であることがわかります。

最後は、大阪大の問題です。

一般に、「存在しない」ことを示すのは「存在する」ことを示すのに比べて難しいです。なぜなら存在することは、目の前に持ってきて見せればすみますが、いくら探しても見つからないからと言って、本当に存在しないことの証明にはならないからです。同じように、不可能であることを証明するのも、いくらやってもできないからといって本当にできないことの証明にはならないので、簡単ではありません。そんなとき、力を発揮する証明法が背理法*1です。

本問を解く最大のポイントは、正三角形の1点が原点Oに重なるように平行移動しても、有理数±有理数は有理数であることから「一般性を失わない」ことに気づくことです。そして、やはり「様々な視点」を使って「立場を変える=面積を2通りに表す」ことに気がつければ、解決します。

この問題は様々な解法が考えられます(それも良問の特徴だと思います)が、長岡先生からは複素数平面を使った60°回転を使う解法をご紹介いただきました。さらに「正三角形を相似拡大することで『3点の座標が格子点である正三角形は存在しない』と読み替えても一般性は失われません」とのコメントをいただきました。

数学を学ぶ喜びとは?

問題集の問題を解いてそれが巻末の解答と一致する(正解する)喜びというのはありますが、数学を学ぶ最大の喜びはそこにあるわけではないと私は思います。数学を学ぶ喜びは、自分で自分の正しさを証明できるようになることです。

現実の世の中には「絶対に正しい」ということは滅多にありません。しかし、数学の世界では、プロセスが正しければ、得られた結論も「絶対に正しい」と胸を張って言うことができます。それは、どんなに権威のある先生であっても、小学生でもあっても同じです。数学の正しさの前では、すべての人は平等です。

結果ではなく、プロセスに目を向け、そのプロセスを豊かに成熟させていくことで、より高度な思索にふけることができる。これこそが数学を学ぶことによって獲得できる最大の財産だと私は思います。

これについては、長岡先生からも「まったくその通りだと思います。『私は私である』と言えるようになることは、数学を学ぶ喜びに他なりません」というコメントをいただきました。

数学教育の理想と現実(今後の課題)

昨年、明治大学を退職され、現在は若手数学教育者を支援するNPO法人(近々正式に認可されるそうです)TECUM*2を主宰されている長岡先生に、数学教師育成にかける想いを語っていただきました。

私も、一数学教師として、襟を正し、身の引き締まる思いで拝聴しました。私は高校生のとき、長岡先生の講義に触れ「豊かな数学体験」を何度も何度も体験させていただきました。先生はその当時のことを「難しい問題を提示すると、500人クラスの受講生の雰囲気全体がどんよりと暗くなります。しかし、少しずつヒントを与えていくにつれて、一人、二人…と理解する生徒が現れ、そういう生徒は光り輝いて見えます。やがてその光が教室全体に広がっていくさまは本当に圧巻です」と話されていましたが、私もその場にいた一人です。

長岡先生によってもたらされたあの豊かな、そして生涯忘れることのない感動的な体験が、今も私の中に残り、数学を学び教えることのモチベーションになっています。まさに「人生の糧」そのものです。

TECUMについての詳しい情報は、Webサイトに掲載されています。是非ご覧ください。

感想

とにかく、夢のような時間でした。

昔と少しも変わらない信念と教養に裏打ちされたその語り口から、先生の数学教育にかける熱い想いが伝わってきて特等席にいた私もひたすら感動しました。と、同時に自分の未熟さ、勉強不足も痛感しました。私が高校生の頃の長岡先生は、ちょうど今の私と同じくらいのご年齡だったはずです。それを思うとなんて自分は浅いのだと深く反省せざるを得ません。今はついつい求められるままにアウトプットをするばかりになっていますが、しっかり時間を取って、インプットする時間を確保してこうと思いを改にしているところです。

今回の本の出版元である大和書房さんと本屋B&Bさんのおかげで一生忘れられない時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました。

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フォトギャラリー

当日の様子です。

*1:証明したい結論の否定を仮定して矛盾を導くことで、証明とする方法

*2:「テークム」と読みます。ラテン語で「あなたと共に」という意味の言葉で、音楽にも造詣が深い長岡先生が、アヴェ・マリアの一節から取られたそうです。